| 生麦事件 |
なまむぎじけん |
- 幕末の1862(文久2)年に生麦村(現・神奈川県横浜市鶴見区)で薩摩藩士がイギリス人を殺傷した事件。
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- 江戸で幕政改革を実現させた薩摩藩の島津久光一行が京都に帰る途中、馬に乗って川崎大師(神奈川県川崎市川崎区)の見物に訪れたイギリス商人リチャードソンら4人は、大名行列の前に馬から降りずにいた。
- これを無礼とした数人が切りかかった。
- リチャードソンは死亡、2人は負傷してアメリカ領事館へ逃げ込み、婦人1人は無傷だったが失神寸前で外国人居留地へたどり着いた。
- イギリス側には武力報復の声もあったが、幕府に謝罪と賠償金、薩摩藩に犯人の死刑と賠償金を要求した。
- 幕府は賠償金を支払ったが薩摩藩は拒否した。
- これにより翌年、薩英戦争が起きる。
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- 薩英戦争
- 1863年(文久3)、イギリスは7隻の艦隊で鹿児島湾に入って薩摩藩と交渉をしたが進展せず開戦した。
- 戦いは3日間続いたが、食料・燃料の欠乏、船体修理のためイギリス艦隊は横浜へ退去した。
- イギリス側は戦死者13人、薩摩藩側は戦死者5人、城下町の1割が焼失した。
- 薩摩藩は幕府の立て替えで賠償金を支払ことになったが、薩摩藩は西洋文明の優秀さを、イギリス側も薩摩藩の開国論を知り、結果お互いに急速に近づくことになる。
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- リチャードソンの墓
- 外国人墓地(神奈川県横浜市中区)にある。←墓の写真あり
- 生麦事件の碑
- 1883(明治16)年に、事件が起きた土地の所有者が建立した。
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- 参考:
- Microsoft エンカルタ2007
- 神奈川県の歴史散歩(上)
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