人物
太田道灌 おおた どうかん
  • 室町時代中期の武将で、政治家・兵法家・築城家で歌人でもあった。
  • 1432〜1486
  • 1457年(長禄元年)に江戸城を築いて居城にする。
  • 1486年、その能力の高さに警戒され、主君である上杉定正により暗殺される。
  • 山吹の里」のエピソード
    • 鷹狩りをしていた道灌がにわか雨にあったので、ある小屋でを借りようとしたとき、その小屋の若い女が山吹の花を一枝折って何も言わずに差し出した。
    • 道灌は怒って帰ったが、このことを聞いた人に「七重八重(ななえやえ)花は咲けども山吹のみの(実の→蓑)一つだになきぞ悲しき」という後拾遺和歌集(1087年)の歌に託して、蓑のないことを伝えたものだろう、と教えられ、自分の無学を恥じた。
    • これをきっかけに道灌は和歌の道に入ることになったという。
      • この逸話の地に「山吹の里碑(東京都豊島区)がある。地図
      • 埼玉県越生町にも、これに基づいた「山吹の里歴史公園」がある。
        • 越生町の龍穏寺には道灌の墓がある。
「山吹の里」の碑(東京都豊島区)

2013/8/17
■太田道灌坐像(複製)・・・江戸東京博物館江戸ゾーン(東京都墨田区)

2010/12/10
東京国際フォーラム(東京都千代田区)国際フォーラムは旧都庁跡で、旧都庁にあったものを移設した。

2010/9/29
■「山吹の里」の地だとされる山吹の里歴史公園(埼玉県越生町)

2010/3/17
■太田道灌との戦いにまつわる悲話伝説がある石神井公園(東京都練馬区)

2009/4/3
■太田道灌が築いた江戸城の跡である皇居東御苑旧本丸跡(東京都千代田区)

2005/9/3

太田道灌騎馬像 日暮里駅前(東京都荒川区)「山吹の里」の鷹狩りに題をとったものだが、なぜ日暮里なのかは不明。

2004.11.22

■川越市役所の太田道灌公像(埼玉県川越市)市役所は川越城(河越城)大手門跡で、道灌は父とともに川越城を築いた。

2005.9.30
2011.06.10

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