- 東京名所として世界中からの観光客を集める寺。
- 本尊
- 本尊の聖観世音菩薩像(せいかんぜおんぼさつぞう)は、628年(推古36)(飛鳥時代)、地元の漁師3人が投げた網の中から見つかった。
- いつしか、純金で約5センチの大きさだったと伝えられるようになる。
- 645年(大化元年)に本堂が開山され、本尊は一切の公開を禁ずる秘仏とされ、今日に至る。
- 一度だけ本尊が確認されたことがある。
- 1869年(明治2)に政府の役人たちが天皇の勅命として厨子を開いて中をあらためた。
- 役人の一人が秘仏をスケッチした。その絵は1933年(昭和8)に家族によって浅草寺に返され、以後、秘蔵となる。
- 歴史
- 徳川初代将軍家康によって浅草寺は祈願所に定められ、寺の格を上げた。
- 寺内に34の末寺を持ち、稲荷、不動、地蔵、弁天など169もの堂があったため、参詣する人々は、自由に神仏を選ぶことができる、宗教センターの様相を呈した。
- 第5代将軍綱吉によって住職が職を解かれた。
- 「生類憐れみの令」を寺の僧が犯したからだといわれている。
- このことにより、浅草寺は庶民の寺の道を歩んでいく。
- 境内には出店が置かれ、周囲には大道芸や見世物小屋ができ、信仰と娯楽が一体となった、一大行楽地になった。
- 明治に入って、境内は公園に指定され7区に分けられた。
- 今も地名として残る「六区」は映画館や劇場が建ち並んだ。
- 1950年(昭和25)に天台宗から独立して、聖観音宗を起こし、総本山になった。
- 浅草神社(あさくさじんじゃ)
- 菩薩像を引き上げた3人を祀る。
- 神前で浅草寺の僧侶が読経(どきょう)を行っていたが、明治時代の神仏分離令により、浅草寺と分けられた。
- 通称「三社さま」
- 「三社祭」(さんじゃまつり)は、3人を祀るお祭り。
- 5月の17、18日に一番近い金曜日から日曜日におこなわれる。
- 「伝法院通り・江戸まちづくり」(伝法院通り)が公共の色彩賞受賞。
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