■チケット

■記念スタンプ

写真2:石垣に木村熊二のレリーフ

ビデオ映像あり

写真3:草笛の音再生機

写真4:谷にかけられた「酔月橋」

写真5:「酔月橋」

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写真7:本丸御殿跡に建つ「懐古神社」

写真6:向こうに見晴台

  • 晴れていれば富士山が見えるらしい

写真9:富士見台

写真8:見晴台

写真10:見晴台からの眺め >>拡大

写真11

大手門公園
小山敬三美術館
小諸市立郷土博物館
渥美清こもろ寅さん会館
藤村記念館
徴古館
小諸義塾記念館

写真9

写真8

写真7

写真10

写真5

写真4

写真3

写真2

写真1

■長野県小諸市懐古園の情報、地図、概要

小諸城址
こもろじょうし
懐古園
かいこえん
長野県小諸市丁(てい)
グーグルアース座標=N36 19 38.10 E138 25 4.54
(徴古館)=N36 19 38.13 E138 25 11.99
(藤村記念館)=N36 19 37.00 E138 25 3.20
(懐古神社)=N36 19 36.09 E138 25 3.26
(三の門)=N36 19 39.80 E138 25 11.51
地図地図
撮影日:2008/8/29
写真1:三の門(入り口・重要文化財)
概要
  • 小諸城
    • 懐古園は小諸城があったところ
    • 小諸城は、城下町よりも低い「穴城」だという
    • 小諸城は千曲川河岸段丘の上にあり、深い谷あいを利用している
  • さくら名所100選」、日本の歴史公園100選日本100名城選定
  • 島崎藤村
    • 小諸義塾に教師として赴任し、小諸で7年間過ごした島崎藤村は「千曲川旅情のうた」で”小諸なる 古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・”と詠んだ
  • 歴史
    • 平安時代から鎌倉時代の頃、現在の懐古園の東側(小諸駅側)の位置に築かれた館が起源
    • 戦国時代に築かれた鍋蓋城が小諸城の前身になる
    • 1554年(天文(てんぶん)23)(戦国時代後期)武田信玄の侵攻により、鍋蓋城は武田氏の手中に落ち、以後30年間支配される
      • 山本勘助ら重臣が城郭を整備し、これが小諸城の大元になる
    • 1590年(天正(てんしょう)18)(安土桃山時代)豊臣秀吉が天下統一を果たし、功績をあげた仙石秀久の居城となる
      • 秀久は城の大改修と城下町の整備を行い、これが現在、城跡として残っているもの
    • 徳川の時代になり、1702年(元禄15)(江戸時代中期)、牧野康重が入り、以後明治の版籍奉還までの約170年間、牧野氏10代にわたって居城となる
    • 1880年(明治13)に城は払い下げられ、小諸藩の旧士族が本丸の跡に神社を祀り、懐古園と名付けた
      • 1926年(大正15年)に近代的な公園となる
  • 城跡
    • 大手門(国の重要文化財) →大手門公園
      • 小諸駅の北側にある、小諸城の正門
      • 1612年(慶長17)(江戸時代初期)、小諸藩主の仙石秀久が小諸城を築いた頃の建築
    • 三の門(国の重要文化財)
      • 懐古園の入り口
      • 初代は1615年(元和(げんな)元年)頃に創建されたが、127年後の大洪水により流失した
      • 現在の門は1765年(明和2)(江戸時代前期)頃に再建されたもの
    • 懐古神社
      • 本丸御殿があったところ
      • 本丸の西の端に1585年(天正13)(戦国時代)に完成した三層の天守閣があったが、1626年(寛永3)(江戸時代前期)に落雷のため焼失したといわれている
    • 三の丸
      • 役所などが置かれ、藩政の中心部だったが、1888年(明治21)に鉄道の建設のため取り壊された
      • 現在、小諸駅になっている場所
  • 開園時間:8:30AM-5:00PM
  • 休園日:水曜(3月中旬〜11月無休)
  • 入園料:
    • 共通券(懐古園、徴古館、藤村記念館、郷土博物館、小山敬三美術館、動物園)\500
    • 散策券(懐古園・動物園)\300
園内施設
郷土博物館
小山敬三美術館
徴古館
藤村記念館
公式HP
懐古園 (小諸市HPページ)