人物
高村光太郎 たかむら こうたろう
  • 詩人・彫刻家。
  • 1883(明治16)年-1956(昭和31)年
  • 明治を代表する彫刻家高村光雲の長男として、東京に生まれた。
    • 家業を継ぐことを期待され、東京美術学校彫刻科に学んだのち欧米に留学、とくにロダンから強い影響を受けた。
    • 職人気質(かたぎ)の父をはじめとする美術界の権威に反発し、大胆に個性を主張する美術評論や、青年文芸・美術家の懇談会である「パンの会」の交友の中で、デカダン(退廃的)の模索と苦悩をうたう口語自由詩を発表した。
  • 女性による月刊誌「青鞜(せいとう)」に表紙絵を描いていた長沼智恵子と知りあい、1914(大正3)年に結婚、同年に第1詩集「道程」を刊行した。
    • 結婚生活は詩で表した理想主義の実践となるはずだったが、智恵子は精神分裂症(統合失調症)にかかって1938(昭和13)年に死亡する。
    • 智恵子抄」(1941(昭和16)年)は、彼女との愛をうたった詩集。
  • 太平洋戦争中の戦争協力への反省から、戦後7年間は岩手県の山小屋で過ごした。
  • 参考:エンカルタ2007
■光太郎の荻原守衛(碌山)についての文章の碑・・・碌山美術館(長野県安曇野市)

2011/1/27
2011.08.16

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