エミール・ガレ Charles Martin Emile Galle
アール・ヌーボーを代表するフランスのガラス工芸家、企業経営者。
  • 人々の生活の中に芸術を普及させるという考えのもとに、大量生産によるガラス工芸品や(家具の製造をおこなった。
  • 日本の水墨画に影響を受け、黒いガラス器のシリーズを発表し、高い評価を受けた。
  • ドイツのスパイ容疑を受けたユダヤ人のドレフィス大尉(ドレフィス事件・後に冤罪とわかる)を積極的に擁護した。
1846-1904(明治37)
関連HP
鳴門ガレの森美術館(徳島県鳴門市)

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エミール・ガレの年表
西暦 日本-年代 エミール・ガレ 日本-出来事 世界-出来事
1846 江戸 フランスロレーヌ地方ナンシーに生まれる。/生家は鏡の販売をしていたが、陶器・クリスタル製品の製造販売で成功を収めていた。
1858 1858 ナンシー帝立高等中学校(リセ)に入学する。文学、哲学、植物学、科学に優れた才能を発揮する。特に詩に秀でていた。他にデッサンや風景画を学んだ。
1862 1862 卒業後、ドイツに留学し、文学、哲学、植物学、鉱山学を学ぶ。更に、建築と装飾の美術について学んだ。
1864 1864 再びナンシーに戻り、父の工場で製品の絵付けデザインを行うようになる。
1866 1866 ドイツのビュルグン・シュヴィーラー社のガラス工場で科学とガラス製造の技術を習う。
1867 1867 パリ万博に日本の工芸品や浮世絵などの美術品が出品され、ヨーロッパにジャポニズムの波が押し寄せる。
1870 明治 1870(明治3) プロシアとフランスの間に普仏戦争が始まり、ガレは義勇軍に志願する。
1871 1871(明治4) フランスは敗戦し、ガレの故郷アルザス・ロレーヌ地方は割譲される。/退役後、父についてイギリスを訪問し、サウス・ケンジントン美術館(現在のヴィクトリア・アンド・アルバード美術館)を見学し古代ガラスに魅せられる。/この旅行の帰り道に、パリ、イタリア、スイスを周り、美術館や植物園に訪れ、見聞を広める。
1874 1874(明治7) 分散されていた家業のガラス工場をナンシーに集めた。/父の経営する陶器・ガラス工場の芸術部門の責任者となった。
1875 1875(明治8) 結婚する。この頃から積極的にガラス作品の制作を始める。
1876 1876 エジソン 電球の発明
1877 1877(明治10) 工場管理責任者となる。この年、父が引退し、会社の経営を引き継いだ。
1878 1878(明治11) パリ万国博覧会に月光色ガラスの器と陶器を出品し、銅賞を受賞。また庭園装飾のための陶器で銀賞を受賞。月光色ガラスを特許出願する。
1884 1884(明治17) 装飾美術中央連盟主催の「石木土そしてガラス」展に出品し、金賞を受賞。この頃より、フランス留学中の日本画家高島北海と交流をもち、草花、鳥、昆虫などをモチーフとした日本趣味の作品を制作するようになる。
1886 1886(明治19) 家具工房を設立し、家具の製造を始める。
1889 1889(明治22) フランス革命100年を記念したパリ万博が開かれる。/この万博にガレは500点を超える大量の作品を出品する。/ガラス部門で「ソロモン王の壺」がグランプリ、陶器部門で金メダル、家具部門で銀賞を受賞する。/黒ガラスを使用した一連の作品「悲しみの花瓶」シリーズは、それまでのヨーロッパにはない技法であり、大きな衝撃を与える。/詩の文を作品上に入れた「もの言うガラス」と呼ばれる表現方法がこの頃から行うようになった。
1891 1891(明治24) 母死去。
1893 1893(明治26) アメリカ・シカゴ万博に出品する。
1894 1894-1895 日清戦争
1896 1896(明治29) パリの「シャン・ド・マルス」展に家具を出品。
1898 1898(明治31) 「マルケトリ技法」、「パチネ素材」で特許を取得した。
1900 1900(明治33) パリ万博に大量のガラス器、家具を出品。ますます高い評価を受けた。
1901 1901(明治34) ナンシー在住の画家、彫刻家、デザイナーによるグループ、「エコール・ド・ナンシー」(ナンシー派)の会長に就任する。
1902 1902(明治35) ドーム兄弟らとともにトリノで開かれた第1回現代装飾美術展に出品する。/父死去。
1903 1903(明治36) パリ装飾美術館でナンシー派展を開催する。 12月17日 1903 ライト兄弟 アメリカ・ノースカロライナ州キティホークで、史上初の動力飛行に成功
1904 1904(明治37) 白血病により死去する。享年58歳。/その後工房は、親友で画家のヴィクトール・プルーヴェと夫人のアンリエット・ガレが引き継ぐ。 1904-1905 「日露戦争」勃発
1913 大正 1913(大正2) 夫人の死去後、一時閉鎖される。
1914 1914 第1次世界大戦、勃発
1918 1918(大正7) は娘婿によって再開される。 11月 1918 第1次世界大戦、終結
1923 9月1日 1923(大正12) 関東大震災
1931 昭和 1931(昭和6) 再び閉鎖される。 1931(昭和6)-1933 満州事変